本を枕に--スピリチュアルな日々
さまざまな出来事、感想、試行(思考)錯誤を文字にしています。
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キリスト教書を企画制作しながら書いてます。ほぼ週一回更新。筆名:クレオパ あめんどう社代表

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「ナウエンと共に聖書を味わう」黙想会
th_IMG_1892_2.jpg 四月の半ば、鎌倉にあるイエズス会の黙想の家で、黙想セミナーを行ってきました。
 季節もよく、花が咲き、鳥が鳴いて環境は抜群です。
 参加者は16名ほどだったと思います。

 二泊三日で、全五回のセッションに加え、最初にオリエンテーション、最終日の最後に、全体で何が自分にとって大事になってきたかを振り返る「まとめ」の時間を設けました。

 五つのセッションのテーマは、「御言葉と黙想」「神の愛を受け取る」「心を開く」「神の臨在と不在」「共同体への招き」でした。

 それぞれに中心となる聖書の言葉を黙想したあと、ナウエンがそれについて、どのような霊想を文章にしているかを紹介し、共に味わいました。

th_IMG_1898_2.jpg 集会は、最初、丸く座って、ゆったりと聖書の言葉を黙想する時間を持ちました。左の写真は、会場の風景。

 カトリックの施設のすばらしさの一つは、和風の伝統を残していることです。こちらの黙想の家は、最近、列副されたペトロ岐部にちなんだ名称が主要な部屋につけられており、日本で多数の殉教者を出した歴史を思い起こさせ、厳粛な思いになります。

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 こちらの図は、最終日に、三日間の学びを振り返って、「いまの自分の心境」を、各自が葉書サイズの白紙にコラージュで表したものです。

 一番手前が私の作成したもの。上から、「荒野」(火山の斜面)、「聖書の味わい」(数種類の漬け物)「交わり」(ベンチに座っている二人の語らい)を示しました。

 人生に荒野はつきものですが、イエスも荒野で誘惑に遭いました。そして、神の愛の声を受け止めることで、悪魔の誘いに打ち克ちました。

 漬け物は、何の珍しくもない日常の食べ物ですが、先祖から伝えられ、引き継がれた伝統の味であり、そのさまざまな味は私たちを楽しませ、元気づけることから連想し、聖書の言葉の味わいを示しています。

 それはさらに、生き生きとした共同体、すなわち互いを養い、人生の経験を分かち合って、互いの変容をもたらす共同体を生み出します。その始まりは、個人と個人の人格的交わり、傾聴、あるいは対話から始まるというイメージです。

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 下の花の写真は、同じ敷地内にあって、ウグイスのの鳴き声が響く谷間をたどる「十字架の道行き」コースに咲いていたものです。
 美しい季節と環境の中で、私も改めて聖書とナウエンの味わい深さ、参加者との出会いを楽しむことができました。
 参加者の皆さんも、爽やかな印象を抱いて「山」を下り、日常の生活の場である「里」に戻って行かれたように思えました。

 日程決めはこれからですが、来年も催す予定です。ご都合のつく方はご検討ください。

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しばらくブログはお休み
 年度末をへて年度始めも、いろいろと来客、行事が重なり、落ち着かない生活が続いています。また個人的には引つ越しの最中。不便しています。
 自分のこなせるキャパシティーを超えつつありますので、「生活のスピートを落としなさい。生活をより単純にせよ」という上からの声と受け止め、しばらくブログを休むことにいたします。
  一ヶ月ほどすれば落ち着くと思いますので、またお目にかかりましょう。

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静かな鎌倉でナウエンを題材に黙想会を開きます
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 昨年の3月に続いて以下のようにヘンリ・ナウエンを題材に黙想会を行います。
 今回は二泊三日で、五回の講話と各自の黙想の時間、ソリテュード(独りの時)を大事にして過ごします。カトリック、プロテスタントを超えた集いです。
 場所:イエズス会鎌倉黙想の家
 日時:2012年4月20日(金)午後5時半〜22日(日)午後3時半
 詳細は画像をクリック。現在、定員にまだ空きがありそうです。

「学ぶ」という修練
 クリスチャンライフ成長研究会(CLSK)発行の『風の色』に書いた「霊的修練」シリーズ。最新記事は載せませんが、時間がたったものをたまに紹介します。

 内容は主に、リチャード・フォスター著『スピリチュアリティ』を自分の学びのために短くまとめたものです。詳しくは、同書をご覧ください。霊的修練についての素晴らしい本です。

スピリチュアリティ 成長への道スピリチュアリティ 成長への道
リチャード.J. フォスター Richard J. Foster

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「聖書から学び、現実から学ぶ」

 私たちはこれまで学校、教会などで学習することに慣れているので、これが何を意味するかよく分かるだろう。知的訓練であり、思考や理解を深め、それを正しく客観に生活に生かす習慣を指す。
 R•フォスターは、霊的修練の一つとしてそれをあげている。御言葉の黙想、観想と異なる性質の修練と言える。頭を用いて分析、解釈、反復、客観化する作業で、人格形成を促すのである。

 フォスターはこの学習について、大きく二つに別け、書物を用いるのと、そうでない非言語的学習があると指摘している。書物を学ぶ第一は、聖書である。聖書が何を伝えているかを正しく知り、理解する。講座を受講したり、系統だった講義を受けることもできる。それ以外に、日常から離れて外泊し、興味のある聖書の書物を選び、まとまった時間で学ぶリトリートを持つよう勧めている。古今の信仰書、参考文献の助けを得るのもよい。

 もう一つの非言語的学習とは、自然、社会現象、人間関係などからの学習である。これらをよく「観察し、見て、聴いて、祈って、気づき、理解し、解釈する」。自然においては一個の草木さえ学習の機会となる。夫婦関係、親子関係を振り返り、身近な現実から学ぶのもよい。社会現象に目配りし、問い、理解し、その意味を受け止めることもできる。他の人々を観察し、どのように、何を動機として行動しているか学ぶこともできる。

 もっとも学ぶべきは自分である。内面、感情、行動パターン、願望。何が自分をそうさせているかを観察し、知る。現代文化、流行、テクノロジー、社会、経済など、外からの影響をどう受けているだろうか、それは適切だろうか、改善すべき点は何か、それは神が善しとされることか……。こうした学習は私たちを謙遜に導く。

 日常生活に支障をきたすほど、あまりに深入りする必要はないが、自分の好み、能力、必要に応じて学習の機会を求めるのは、私たちを偏見から解放し、精神生活を豊かにする。学習の目的は他の霊的修練と同じく、そのことで喜びが増し加わり、人格の霊的成長、霊的形成がもたらされることにある。



BBC取材「津波、原発事故」への子どもの証言集
 どういうわけか、日本のメディアはこうしたドキュメンタリーを企画する発想はなさそうだ。
 しかし、彼らはすごい理解力があるではないか。最初に登場する小太りの男の子の表現力、言語力は抜群。
 大人でも、こうきちんと話せるだろうか?  映像が高品質で音声も聴きやすい。 じっくり時間をかけて作っているのだろう。

 取材陣も、子どもをよく理解できる人が、丁寧に接して、あらゆる感傷を排して、 たんたんと撮ったことが分かる。考えてみれば、外国人だからこうした距離感で取材できたのかも知れない。日本人だったら、つらくて消耗してしまうかもしれない。

 この動画は、3月1日にイギリスで放映されたようだ。それを、震災一年後の機会に、BBCから許可を得てYouTubeにアップしてくれた人がいた。感謝したい。

 一時間は長いので、私は何回かにわけて聴きたい。家族で聞くのもいいな。

 

 カメラがとらえた津波の実情という動画もある。車で流されている人が、流されている車のなかで撮影した 映像もあって生々しく、驚愕。
 これも1時間もあるから、小分けして見なくては。

 カメラがとらえた津波