四月の半ば、鎌倉にあるイエズス会の黙想の家で、黙想セミナーを行ってきました。 季節もよく、花が咲き、鳥が鳴いて環境は抜群です。 参加者は16名ほどだったと思います。
二泊三日で、全五回のセッションに加え、最初にオリエンテーション、最終日の最後に、全体で何が自分にとって大事になってきたかを振り返る「まとめ」の時間を設けました。
五つのセッションのテーマは、「御言葉と黙想」「神の愛を受け取る」「心を開く」「神の臨在と不在」「共同体への招き」でした。
それぞれに中心となる聖書の言葉を黙想したあと、ナウエンがそれについて、どのような霊想を文章にしているかを紹介し、共に味わいました。
集会は、最初、丸く座って、ゆったりと聖書の言葉を黙想する時間を持ちました。左の写真は、会場の風景。
カトリックの施設のすばらしさの一つは、和風の伝統を残していることです。こちらの黙想の家は、最近、列副されたペトロ岐部にちなんだ名称が主要な部屋につけられており、日本で多数の殉教者を出した歴史を思い起こさせ、厳粛な思いになります。
 こちらの図は、最終日に、三日間の学びを振り返って、「いまの自分の心境」を、各自が葉書サイズの白紙にコラージュで表したものです。 一番手前が私の作成したもの。上から、「荒野」(火山の斜面)、「聖書の味わい」(数種類の漬け物)「交わり」(ベンチに座っている二人の語らい)を示しました。 人生に荒野はつきものですが、イエスも荒野で誘惑に遭いました。そして、神の愛の声を受け止めることで、悪魔の誘いに打ち克ちました。 漬け物は、何の珍しくもない日常の食べ物ですが、先祖から伝えられ、引き継がれた伝統の味であり、そのさまざまな味は私たちを楽しませ、元気づけることから連想し、聖書の言葉の味わいを示しています。 それはさらに、生き生きとした共同体、すなわち互いを養い、人生の経験を分かち合って、互いの変容をもたらす共同体を生み出します。その始まりは、個人と個人の人格的交わり、傾聴、あるいは対話から始まるというイメージです。 *************************** 下の花の写真は、同じ敷地内にあって、ウグイスのの鳴き声が響く谷間をたどる「十字架の道行き」コースに咲いていたものです。 美しい季節と環境の中で、私も改めて聖書とナウエンの味わい深さ、参加者との出会いを楽しむことができました。 参加者の皆さんも、爽やかな印象を抱いて「山」を下り、日常の生活の場である「里」に戻って行かれたように思えました。 日程決めはこれからですが、来年も催す予定です。ご都合のつく方はご検討ください。
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