日本伝道会議を振り返る「毎日10個のいいこと探し」

 2016-12-02
 今年の後半を振り返ると、第六回日本伝道会議の参加が大きかった。私は第一回の京都大会があった記憶はあるが、参加したのは今回が始めて。もうその記憶も薄れかけている。しかし、珍しく記録をつけていたので、振り返ってみたい。
 インターネット環境が普及してから初めての大会かもしれない。とくに近年、Facebookを通しての交流は目覚ましく、私にとって、今回の大会の背景にそれがある。
 私が記録したのは、つねづね私が悲観的な性格なのを妻が見て「毎日、よいことを10個探して書いてみては?」と言われたためだ。つまり、無理やり、いいことを探すのだ。「毎日、三個は書いてみよう」というのはよく耳にする。10個だと「うんうん」言いながら思い出さないと書けない。しかしその過程で思わぬ発見もあって、掘り出し物もたくさんある。

登場する人についてはアルファベットで記した。

IMG_2697.jpg 9月27日(火)
(1)朝、神戸行きのために自宅から東京駅へ。準備が珍しく早く済んだので家を早めに出る。余裕。

(2)朝早かったため、いつもの洗濯物干しは免除。よりゆとりがあったのだろう。妻にはすまない。

(3)電車内でNT.ラ.イト次回作、全15章のうち、第15章の一回目校閲(編集)開始。昨日プリンターが故障したが、他の機械を貸してもらって難を逃れた。ありがとう。

(4)東京駅のホームで、待ち合わせたSさんと予定どおり出会えた。弁当も買う。たくさん種類があって困ったが、定番らしそうな「新幹線弁当」にした。

(5)新神戸駅着。乗り換え、神戸三宮駅で降りて予約ホテルにチェックイン。その後、二人で会場まで行くポートライナー三宮駅を探し周る。ライナーの窓越しに海の側から眺めた神戸が思ったより大都会で感動した。

(6)神戸の会場で、初めて会ったFB上の知り合いたちとすぐ打ち解けた。もう前から顔見しりみたい。リアルに会えて楽しい。

(7)ブース展示の皆さんとも会話。いろいろ働きを知れて、資料ももらえて、見聞が広まる。

(8)今日から始まったセミナー会場は大きく、素晴らしい。必要経費数千万のうち、参加費で3割強。献金で7割弱を集めたいとする主催者の挨拶。その無茶振りに驚く。過去、そうやって実現したきたのだろう。さすが。

(9)一日の研修を終え、Oさん、Iさん、他の牧師さん方と数人と連れだち三宮近くの喫茶店へ。Iさんとは独占状態でライトの翻訳体験について話せ、楽しかった。

(10)予約したホテルは、新幹線とセットの割引価格。同行者とのツイン部屋。欧州風のレトロな作りで、イタリア中世の館みたい。落ち着ける。

(おまけ)代理店からメール受信。期待していたライトの次の本の版権が取れそうとの報。バンザイ。静かに喜びを噛みしめながら眠りにつく。

IMG_2706.jpg 9月28日(水)
(1)朝食が、和洋中とメニュー豊富。色どりが素晴らしい。初回で食べ過ぎ。次回から落ち着いていこう。

(2)ポートライナーの朝のラッシュは聞いていたほどでなく(東京に慣れているから?)、時間に間に合ってよかった。

(3)クリス・ライト氏のメッセージは福音について。実によかった。ほとんどN.T.ライトとそっくりではないか?

(4)ランチは年代別食事会という趣向。意外な組み合わせで楽しく、話して共感できることが多かった。

(5)分科会①神学ディベート、「ライトの義認論」。それなりのやりとりになり、よかった。現状と課題が見えた気がする。

(6)分科会②で、Yさんの「東方教会入門」を聞けた。新しい知見もあり、出てよかった。

(7)夜、三宮の繁華街で「FBオフ会」。ライト支持派(というか、学びたい人)が中心に集まる。K、S、I、Y、A、O、私、その他不明の人を含め12〜3人。お顔だけ知るSさんと親しく話せてよかった。

(8)ホテルへの帰り。道を1つ間違えた。周りはまるで新宿歌舞伎町で妖しげ。しばらく行って迷い、立ち止まったら、先ほどのオフ会のKさんが後ろから声をかけてくださった。彼のホテルが近くらしい。苦笑いして別れて帰宿。

(9)同行のSさんは先に帰宿。彼は別行動をし、関西方面の知り合いと面談してきた。私も知る人たちの近況を聞けてよかつた。

(10)昨晩は初日でなかなか寝付けなかったが、今日はグッスリ眠れそうだ。

IMG_2699.jpg 9月29日(木)
(1)朝食をSさんと一緒に楽しむ。

(2)会議場への乗り物、ポートライナーは今朝もそれほど混んでなかった。

(3)クリス・ライト氏の3回目説教。エレミヤ書から。励ましの内容でとてもよかつた。

(4)ランチタイム。支給の弁当。今日は同じ神奈川県に住むグループごとに大部屋で集まり、その中で流れで小グループに分かれた。そこでN.T.ライトについての質問が出て、私がいろいろ説明したら、大変喜んでもらえた。

(5)午後二時から神学の部の分科会。「NPP」を選ぶ。参加者にはまだ初心者も多い(私も初心者だが)のか、入門の入門で終わりそうな感じだ。最後のまとめで、ライトに賛同しない人の意見も聞けて貴重だつた。

(6)休憩時間。FBで知りあいのM牧師さん、それに、私が大変お世話になった牧師の後任牧師さんと話すことができた。初対面だった。またFBで知る論客のKさんとも初めて。妻の入院について心配いただいく。Kさんの奥さんと妻は、かつて同じ教会だったのだ。へえー。

(7)あるワークスショップに参加。私にとっては期待外れだった。ただ講師には大いに好感を持った。

(8)帰り。私が前に所属した教会の知り合いであるOさんと久しぶりに会う。同行のSさんと三人で乗り物に。会話がはずんだ。

(9)阪急六甲駅近くの教会堂まで移動。立派なパイプオルガンとクリス・ライトさんの説教が聴ける。疲れたせいか私は私は寝てしまった(苦笑)。集会後、なんと尊敬する先輩夫妻とばつたり。互いに再会を喜ぶ。少し話せてよかつた。

(10)夜、宿で同行のSさんと学んだことの分かち合いができた。二人旅のいいところだ。

IMG_2708.jpg 9月30日(金)
(1)重くなった荷物を持って宿から退出。ポートアイランドに移動。乗物も空いていて、会場に充分間に合った。

(2)クリス・ライト師の説教。最後にふさわしく実によかつた。キリスト者の一致、教会の一致について。とても重要だ。最後であることもあるのか、いちばん記憶に残りそう。

(3)毎回だが、説教が終わると机ごとの感想の分かち合い。四日間同じメンバーだった。互いの個性、背景の違いが出て面白かった。プログラムでは「コイノニア」と名づけられた時間。

(4)ふだんは外国に住んでいる先輩のDさんが参加していたことが分かった。同じ会場なのに部屋がバカでかく、しかも大人数で出合うのも大変だ。同じ部屋なのにスマホで連絡をとる有様。結局、5分だけしか話せなかったが、励ましてもらった。

(5)Kさんの提案で臨時ランチ会。Aさん、Iさん、Nさん、Oさん、私と、Kさんの車で移動。新神戸駅近くで、見上げるほどの針葉樹が庭にある店「サンマルク」。Kさんは送迎で大変。私はランチ途中で新神戸駅まで送ってもらっった。何から何まで恐縮。ありがとうございます。

(6)サンマルクで隣に座ったIさんは、大会プロジェクトの1つを担当なさったが、そのテーマの素晴らしさ、重要さを称賛した。ほんとにそう思ったからだ。喜んでもらえた。

(7)駅は20分前に着き、時間の余裕あり。家族に土産を買えてよかつた。手ぶらだったら子どもたちから大ひんしゅくだ。

(8)改札に入ったら、セミナーの机グループ「コイノニア」で一緒だった牧師さんとホームで再会。連れの方が私も関係する方の幼友達だと知って面白かった。同教団の大御所N先生の面白い話も聴けた。

(9)新幹線は大変混んでいた。指定席でなかったらどうなっていたことか。同行のSさんと静かに落ち着いて過ごせた。疲れも取れそうだ。

(10)東京まで割引切符だったが、家に近い新横浜で無事降りることができた。今回は四日間と長かったが、収穫も多く、また無事帰れたことに感謝した。とてもよい大会だったので、たとえば五輪のように4年ごとにあってもいいいと思った。しかし、大規模なので準備する主催者が大変。やはり7年ごとになるらしい。ヨベル年に倣ったんだろうね。

IMG_2700.jpgIMG_2716.jpg

おしまい。


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スマートフォンに疲れた私。。次はどうするか。

 2014-08-11
IMG_5018.jpg いまや都会で見慣れた風景、電車内でのスマートフォン使用。本を広げたり、新聞を読んでる人は、ここ数年でも急激に減りました。電子書籍を読んでいる人も、私の時間帯ではほとんどいなく。。。どうなっているんだか。
 高校生、大学生はスマーフォフォン天国で膨大な時間を費やしている模様。良書をたくさん読んで欲しいのに。

二台持ち、プラス充電器はもう大変
 「キンドルペーパーホワイト」の新型もしばらく前に入手しましたが、性能アップのためか重量が増し、うっかりすると手から滑り落ちそう。なんとか軽量化、持ちやすさの改良が進むといいんですけど。。

 スマートフォン、プラス電子書籍機器、つまり二台持ち歩くことになると、管理や出し入れが面倒。日本では、スマートフォン中心の読書が進むのだろうかと、私的に推測してみるのであります。

 ただ、iPhoneの画面は私には小さい。少し大きいものになると、重量が増し、充電作業もめんどくさい。さらに緊急用の充電器を持ち歩くのも、それなりの重さが加わる。さらに、その充電器の充電作業も加わり。。。
 
充電作業には疲れた、うんざりだ(飽きた)
 iPhoneの毎晩の充電作業に疲れました。ソフトバンクからは、私の二年しばりがそろそろ切れるためか、「新機種に変更すると、いまなら割引、こんなにお得」と、知らせがひんぱんにきて、さらなら二年しばりに誘導しようとしている。その手には乗りたくないね。

 そこで、いまオジさんとして考えているのは、電話機能を昔の携帯電話(ガラケー)にして、今のiPhoneをiPod touch化すること。つまりwaifiがあるところしか「使えない、使わない」ということにする。会社変えるとメールアドレスが変更になるので、それはさけるとして。

 するとですね。

いろいろいいことありそう
 ・月々の維持費の低額化。
 ・Wi-Fiが届かないないところでは読書に専念(FBチェックを制限)
 ・電池切れをいつも気にするような思い煩いからの解放。
 ・上に続く、充電機器の重さからの解放。
 ・その他

と、いろいろ他にもいいことありそう。

知り合いのオジサンたちも、ポツポツとそんな方向に宗旨変えする人が生まれいるみたいです。

二年しばりが切れる時が来るのが楽しみ〜。 
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子どもも大人も身体を揺らし、大声で歌い、身震いしてしまうような国歌

 2014-07-01
 サッカー、ワールドカップの決勝トーナメント(勝抜戦)に入って盛り上がっている。
すべてを観るなんてとても時間がないが、あまり聞いたことのない国家が聞けるのが珍しい。
日本はどさくさに紛れてか、安部首相の強い意志による、ぶっそうな集団的自衛権の閣議決定がなされてしまった。きっと背後では米国も後押ししているのだろう。

 W杯で、話題になっているのは、歌詞が長いために、途中で割愛されてしまう国歌が、伴奏が終わったのちも観客、選手によってアカペラで最後まで歌われることで有名になったブラジル、チリ。

 覚えきれないブラジル国歌?

 上の記事によると、かつて国歌全部をまともに歌える人は少なかったらしい。

ブラジル国歌は世界でも長い部類に入る。前奏からフルで歌えば、優に3分はかかる。しかも変拍子が多く、短いフレーズの中に畳みかけるように単語が押し込まれているため、歌うのが難しい。W杯優勝国の中で、最難曲と言っていいだろう。


 そして、W杯を前にして、国民に覚えてもらうために、テレビで国歌が流れるさいに、テロップで歌詞を流し始めたという。

しかし、下の動画を見て欲しい、口を大きく開け、付き添いの子ども達も身体を揺らしながら大声で歌う。
 なんだかわからないが、すごく感動的だ。ブラジルに国内問題がいろいろあるが、国を大事にしたいという思いが伝わってくる。いいね、こうやって子どもも大人も元気いっぱい歌える国歌。

 日本の今の国歌はメロディは古式豊かで、荘厳で、ゆったりしていて日本的な雰囲気はあるものの、こうして肩を組んで歌うような曲風でなく、直立不動で、瞑目して歌うのが似合いそうな曲だ。歌詞もいまだに賛否両論あり、意見が分かれている。

 そんなことなら、戦後、民主国家となったとき、憲法9条を歌い込んだ新しい国歌が作られればよかったのにと思うのは私だけだろうか? たとえば、滝廉太郎の『箱根八里』に、以下のブラジル、チリの国歌を彷彿とさせるような歌詞をつけて歌えないものだろうか。交戦権の放棄、世界平和への寄与するという強い意志を表す歌詞で。
 新国歌を作るとしたら、日本を築いてきた先祖への感謝。
            自然の恵みと国土の美しさへの賛美
            国民主体で互いに協力しようという呼びかけ
            平和憲法護持による世界平和への貢献
 などを歌い込みたい。

 チリもそうだが、ブラジルは他国からの独立戦争があったため、そこが建国の基礎となるので、日本との違いは大きい。


 
イピランガの静かな岸辺は聞いた
とどろき渡る人民の雄叫びを
そして自由の太陽
その眩い光が たった今
我らが祖国を照らし出すのを
たくましき腕で勝ち取った平等の証 
汝の胸に おお自由よ 
我らが心は死をも恐れない
おお敬愛なる祖国 愛しく尊き国よ
栄えあれ! 栄えあれ!
ブラジルよ それは壮厳な夢
大地に降り注ぐ 愛と希望の鮮やかな光
けがれなく微笑む 汝の美しき空に抱かれた 
南十字星の輝きそのもの
雄大な 生まれたままの大地
それは美しく それは強く
恐れを知らない巨人
汝の偉大さは 汝の子孫を照らし出す
大地を尊え!
数多き国の中に 汝の国ブラジル!

おお敬愛なる祖国よ!
大地の子達の優しき母
敬愛なる祖国 ブラジル!


以下のチリの国歌もいいな〜。
最後の二行の理解はいろいろありそうだけど。

 『チリ共和国国歌』
 チリよ 汝の青空は澄みわたり
 清らかなそよ風が薫るよ
 花に満ちた大地は エデンの園そのもの
 白き雪を頂く雄々しき山は
 神が与えし砦
 汝をを包み込む 静かなる海は
 輝ける未来を約束する
 優しき祖国よチリの祈りを 受け取り給え
 自由のために死にゆく者の 墓となることを
 迫害されし者の 安らぎの地となることを 


フットボールde国歌大合唱!フットボールde国歌大合唱!
(2013/05/22)
いとう やまね

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最近のブログ活動を巡るつれづれ

 2014-05-28
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 ご無沙汰しております。

 書きたいことがなかったわけでないですが、本ブログを会社のネットショップに表示するようにしてから、あまりプライベートなことや個人的所感を書けなくなりました。
 
 そこで思考錯誤したあげく、会社専用のブログをもう一つ立ち上げ、それを会社のサイトに表示するようにしました。

 → 『本を編む日々』

 上のブログは、会社のサイトに行けば読めるようにしました。

 そこで、本ブログはこのまま生かし、出版情報も少し触れますが、生活の出来事や所感、個人的に学んだことなどを、これまでどおり書き続けたいと思います。

 ブログとのつきあいは、東北大震災を境に、私の中で変わってきたものがあります。
 結果的に、あまり書けなくなったのです。


 大震災のショック、原発事故の今後の影響を考えると、思考がかなり麻痺し、
 何を発信したものか、迷宮の中に入ってしまった感じがします。
 大地震から間もなく、突然、父を亡くすということが起き、生活がいっぺんしたこともあります。

 2年前から、月一回は田舎にもどって、残された母の健康をうかがうために帰省することも加わりました。
 自分の家族の中での立ち位置が大きな影響を受け、責任感や自覚が異なってきた感じがします。
 そして、生活がさらに複雑化しました。
 幸いこの3月から、帰省は数ヶ月に一回に減り、もとの生活に近くなってきています。

 「書く」ということいは、自分を落ち着かせる、いわば癒し効果があることを、これまで体験してきました。 
 まだ、学んだこと、感動したことを発信することの大切さを、日々感じてきました。

 生活の忙しさと気持ちの落ち着きのなさで、とても書けない時期もあるとは思いますが、これからも気楽に、お付き合いしていきたいと思います。

 

 
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ネット世界とのお付き合い

 2013-11-15
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 私とインターネットとのお付き合いを考えて見た。
最初はメールやサイトの閲覧から始まった。次に、だんだんと深みにはまる。

 1)ブログ:開始してから10年が過ぎた。東日本大震災、父の死をきっかけに、私の生活環境や意識が変わり、更新が減ってきた。しかし、続けたい思いはある。ある考察をまとめるにはやはりブログがいい。それを通して多くのことを学んできた。しかし、以下のネットツールでいろんな所感を発信していると、ブログを書くエネルギーやネタが、蒸発してしまうような気がする。

 2)Mixi:最初、面白さに引き入れられた。しかし今はまったく触れなくなった。多彩な興味別のコミュニティが魅力で、マニアの世界が楽しめる。いまもそれは変わらないだろう。ゲームなどの招待が入るようになったが、私は興味がなく、やがてFacebookの便利さを知り、遠ざかってきた。

 3)私設SNS 仲間が始めた。これも徐々に後退してしまった。残念だが時間が限られる。

 4)Twitter は一時、毎日のように書き込んだ。東日本大震災、原発事故時に、最新の情報を得るのにスピーディーで多彩、多様。リンク先のサイトを通して、マスメディアの弱点と問題性をますます知るようになった。しかし、あまりの情報量の多さについて行けないところがあり、いまやなかなか投稿も、閲覧もできない。

 5)Facebookの利用。実名でやりとりする安心感があり、その便利さも素晴らしい。魅力があるゆえに、あまりに時間がとられやすい。日常の意識が、ますますネット情報を気にするようになった。それで豊かにもされ、広がりも持てるのだが、付き合い方の仕方を生活とバランスをとる必要を感じる

 6)Google+とかの誘いくるようになったが、Facebookとの違いも分からず、利用するには時間も心も余裕がない。

 7)LINE 身近な娘がするようになった。社会では事件も起き、心配になり、どういう仕組か知りたい思い、チョコチョコと関わっている。やりとりの速さとスタンプの組み合わせによる面白さが楽しめる。しかし、あまり広げることはしていないし、これからもあまりしないだろう。

 以上のことは、iPhoneを手にするようになって生活に侵入してきた。まあ、自分が招いているわけだが。
 要はつきあい方しだいであることは分かっている。しかし、ときたまコントロールが難しいことがある。

 便利さを楽しみ、しかし依存の度を管理し、個人的な時間を家族や仲間ともったり、勉強したり、読書したりするのに時間をさきたい。それには意識的にネット環境から離れことがときに必要だろう。
 どうやら自分なりのつきあいかたのルールを作るべき段階にきているようだ。
 少し考えてみたい。
 以下の記事からは刺激を受けた。(別にセレブでなくてもいいのだが)
 
 「セレブの間で<スマホ断ち>が流行るワケ」
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