日本社会の病気、長時間労働を止めようよ。

 2012-07-04
 日本の長時間労働の体質。過労死。

 景気がよくなると長時間、景気が悪くても長時間。
 家庭を軽視して、仕事優先社会。
 それが暗黙のうちに評価される社会。会社への時間的コミットメントで計られる企業倫理。

 あらゆる問題がここに潜んでいると思われます。

 私が家庭を重んじているかと言うと、妻から「否」と言われるかもしれませんが、
 こういう論議がもっと盛んになってほしいと思います。




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息子と森を散歩して語り合った「人生の喜びと悲しみ」

 2012-05-29
 良い季節のこのごろ、家族で長野に小旅行にでかけた。
 一泊した早朝、宿泊所の周りに森があり、散歩コースがあるので小学生の息子に提案したら、「歩いてみたい」という。

 そこで、二人で手をつないで、ひやっとした、清々しい空気があふれ、黄緑がいっぱいの森の中を、鳥のさえずりを聴きながら散策した。

 後半に差しかかったころ、息子がふとこんなことを言った。

 「パパ、好きな曲があるよ。『グリーングリーン』て言うんだ」
 「ああ、知っているよ、いい曲だよね」

  そして、歩きながら少し一緒に口ずさんだ。

  ふと、私は言った。「歌には、パパの言葉として《『つらく、悲しいことがあっても、泣くんじゃない』と》とあるけど、 私の言葉はこうだよ。『つらく、悲しいことがあったら、泣いていいよ、と』。

 歌の中では、「ある朝、気づいたら、パパが行ってしまって二度と戻らない日が来た」とある。それが、この曲に緊張をもたらしている。

 それは、 戦争に駆り出されたのか、突然の死が訪れたのか定かではない。また、子どももいま歌ってる歌詞の意味をわかっているのか、わからない。でも、いつか全容を知るだろう。
 
 ところで、先週、牧会塾でヘンリ・ナウエンの講座を持ったときのテーマは、図らずも「喜びと悲しみ」だった。
 息子が私の言葉をこれからどのくらい覚えているかは分からないが、以下のナウエンの言葉を、父と子の関係を思って、もう一度味わう時になった。

「グリーングリーン」のリズミカルな歌は、悲しみがらも、喜びのダンスのステップを踏み出すかのように聞こえてくる。
 
 私たちの泣き叫ぶ心の痛みは、苦しんでいる人類のうめき、うなり声と結びつきます。こうして、嘆き悲しみは、私たちよりも大きくなります。
 しかし、こうしたすべての痛みのまっただ中に、聞き慣れぬ、ショッキングな、非常に驚かされる声が聞こえてきます。その声の持ち主は、こう語っています。「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」。これは思ってもみない知らせです。嘆き悲しみの内に隠された祝福があるというのです。慰める人々は幸いだというのではありません。嘆き悲しんでいる人が幸いなのです! どういうわけか、流す涙のただ中に贈り物が隠されています。どういうわけか、悲しみ悼むことただ中にダンスへと導く最初のステップがあります。どういうわけか、喪失からこみ上げてくる叫びは、感謝の歌に属するのです。(With Burning Hearts 私訳)



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子どものスポーツでの指導者のあり方

 2012-01-31
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 先週の夜、サッカーを通して小学生たちにかかわる両親と子どもたちを集めての「交流会(飲み会)」に出席しました。みな活動を支えるボランティアの父母です。

 そこで、子どもにどうなって欲しいか、いろんな思いが父母の間にあることに気づきます。直接言うのでなく、なんとなく流れてきます。
「もっと厳しく指導して欲しい」(これは割と母たちから出る声。)「長い目で、子どもがサッカー好きになって欲しい」(これはサッカー経験のある父たちの声)など。

 励みになるには勝利が必要だし、親たちも時間を費やしている限りは勝利を喜びたい。惨めな思いをさせたくない。しかしそうなると、うまい子(今のところ)たちだけ試合に出て、公式戦に出られない子たちがでる。一方、今はうまくない子にも、経験を積ませる必要がある。

 このへんが難しいところ。小学生は年ごとにぐんぐん変化していきます。何よりも経験を積ます環境を整えなければなりません。このバランスは試合の場面(親善試合か公式戦等)によって考えるのでしょう。

 勝利を優先するか、長期的成長を視野に入れて機会を与えるかは、どこも問題となると思います。考えるべきなのは子どもの成長ですが、親の願いが子どもを圧迫することもあります。
 厳しくすればうまくなり、強くなるかも知れない。事実、学校のスポーツ部は、監督が子どもを罵倒したり、制裁を加えたりするチームがたしかに強くなります。短期的には。しかし、大人の顔をうかがい、自分の責任でリスクをおかさない、指導者に従順なだけの子を育てる可能性があります。(過去、日本の大半の指導はそうだったのではないでしょうか。人権という立場から再考が必要な活動もあるように思います。)

 サッカーというスポーツは、上のレベルに行くほど、個人の創造性、即興性、自発性、コミュニケーション能力が必要なスポーツ。それが弱く、伸びしろが小さいのが今の日本のサッカーの課題です。ですから、それを小さいころから育てることが大切だと思います。では、どうしたらよいか。これが難しい。大人の皆がボランティアであって限界もあります。

 ナウエンもどこかで言ってますが、相手の顔を覗き込み、何を訴えているかを感じとって、引き出して、彼らから教えてもらう、ということなのでしょう。教育は一方的なものでなく、相互的なものでしょうから。
 「相手はどんな子か」を知りたくても、大人の願望がじゃまして見えなくさせることがあります。まず、そういうことがあるという自覚が必要でしょう。困難な道です。

 最近読んだ、ドラッカーの本にこうありました。
 「子どもに教えることだけが上手な人にお目にかかったことがありません。一流の教師はみな、子どもと大人の区別をしていません。進み方の早さに違いがあるだけです。(入門クラスであろうと)中身は大人のレベルです。できない生徒などというものは存在せず、存在しているのはできない教師だけです」(『非営利組織の経営』p.149から、少し改変)


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サッカー少年を「境界線」で育成しよう

 2011-12-08
 世界の経済危機、大災害、原発問題。。。悩みは尽きなく、緊急な要請は終わりがないですが、未来を担う子どもたちの成長、変化も待ったなしです。彼らにどう接していったらよいのでしょう。

困ったときの本頼み
 今私は、小学生のサッカー部のコーチを週一回始めました。コーチといっても付き添い、球拾い、ケアなのですが、それでも、スポーツを通して子どもをどう伸ばしたらよいか、サッカーの楽しさを知ってもらうためにどうしたらよいか、暗中模索の日々でした。この年代の育成はまったく経験がありません。
 そしてサッカーは、スポーツのなかで世界一複雑にして変幻自在。個の力、集団の力、経験、体力、技術、知力、精神力、センスが求められます。では、この年代で何をしたらいいのか?

 そこで、困ったときの本頼み。ネット書店で検索すると、いいのが見つかりました。
 著者の池上正氏は、かつてジェフ千葉で小学生たちの育成普及部コーチ、その前にYMCAでのサッカー指導など、何十年もジュニア世代の指導にあたってきた方です。
 そして本を読むと、なんと私の知りたかったことが、どんぴしゃりでまとめてあり驚喜しました。

 そして、その指導内容たるや境界線(バウンダリー)の概念ではありませんか!

 境界線という概念を知らなければ、知恵に満ちたアドバイス集ということで、とても有益ではありますが、その考え方が捉えにくいと感じるかもしれません。簡単に言えば、「子どもを一人の人間として尊敬して遇する」ということですが、「境界線」の概念を頭に入れて読めばスッキリとおさまりがつきます。

 三冊目が最近出たようですが、現在、売れ行きがよくて品切れのようです。
 手に入りやすい、下に紹介した二冊を読むとしたら、まず最初に『11の魔法』がいいです。
 サッカーに詳しくないけれど、子どもにサッカーをさせている親向けに優しく、わかりやすく書かれています。たぶん、講演をいくつか編集して一冊にしたのでは思われます。

サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法 (edu book)サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法 (edu book)
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子どもを生かすアプローチ
 二冊目の本は、一冊目で大きな反響、賛同、反論があったことを踏まえ、それらの質問、疑問に答える狙いもあるためが、より解説的な内容になっています。
 論調は二冊とも共通していますが、

 まず子どもに尋ね、
 考えさせ、
 させてみて、
 自分で気づかせ、
 実行させ、
 自立精神、自発性、創造性を育てる

ということだと思います。

 そうでないと、じつは世界に伍して戦うレベルの選手が育たない、ということでもあります。

サッカーで子どもがみるみる変わる7つの目標 (edu book)サッカーで子どもがみるみる変わる7つの目標 (edu book)
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大人たちの身勝手が子どもの成長を妨げる
 これらで言及されているのは、親たち、コーチたちの感情問題、育成時期での近視眼的な勝利至上主義、過干渉が子どもをだめにすることが多い、という耳の痛い指摘です。著者の経験からもそれを述べています。
 大人たちは子どもに教えすぎる、それは大人自身がかつて実現できなかった夢を子どもに押し付けているせいではないかという鋭い指摘(大人自身が境界線を育む必要がある)。むしろ子どもには失敗させるチャンスを与え、その失敗の責任を引き受けさせる。そのとき、大人は感情で責めず、共感し、自分で考えさせて選択させていくと、いうことです。

 例えば、勝利の喜びを味わいたいのは誰もですが、「負けたくやしさは当事者の子どもが一番感じている」。大人たちは敗戦の要因を指摘して追い打ちをかける必要はなく、ただ共感を示し、「また、次がんばろうね」だけで終えていいと言います。そのためには、「将来子どもがどうなって欲しいかの大きな展望をもって子どもを育成していくことだ」と言います。『聖書に学ぶ子育てコーチング』とまったく同じ精神。

 私としては、過去の日本代表のサッカー選手が世界レベルで戦うときに欠けているメンタリティ、特徴(識者が指摘してきた、選手のみでない日本人全体の傾向)が気になっていたのですが、その欠点をすばり補う幼年時代からの指導指針がここにあります。感動しました。(実行は簡単ではないですが)

 こうした問題は、日本人の誰もが持っている文化的課題であると思います。小学校~大学でも、他のスポーツでも、もしかしてキリスト教会の指導者と信徒の関係においても、「よかれと思ってしていること」が共依存的関係を作り出し、相手が自分で考えさせることをせず、自己判断のできる自立した大人を育てることになってないかもしれないと、さまざまなインスピレーションを与えられました。

 この本に出会えてよかったです。
 三冊目(DVD付)を読むのが楽しみ。(品切中)

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紅葉(花)よりまんじゅう(団子)ーー大山の一日

 2011-11-30
 秋の一日、神奈川の名山、丹沢の大山(おおやま)に家族で紅葉見学に行ってきました。
 群馬育ちの私にとって、神奈川の山は未知です。とくに大山に通じる街道が国道246号の元になったと聞いていたので、いつかは行ってみたいと思っていました。古くは雨乞いの聖地だったのですね。

 しかし、見てください。ものすごい急斜面の石段。中腹のルートではありますが、これがかなり続くのです。こんな難所なのに中高年の方が多く、驚きました。高齢のおばさんに、「なんでこんな難しいところを登るのですか?」と聴いたら「健康にためよ」と。そりゃー、そうでしょうが、急すぎるし、長過ぎませんか?と内心思いました。
 私たちはケーブルで登り切ったのちに、このコースの途中まで降りたのですが。そうとう足にきました。(クリックで拡大)

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 次は、中腹にある紅葉で有名な寺です。まわりじゅう仏像だらけで、ちょっと気味が悪かったですが、歴史を物語っています。無数にある石仏、灯籠など、どれだけの人が、どれだけの人生の時を消費して作ったのだろうと感慨にふけりました。重要文化財の不動明王は見ごたえありです。紅葉の素晴らしさはさすが。(拡大可)

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 最後の下の写真は余談ですが、階段の手すりにしがみついている息子の図です。笑)クリックで拡大。

 じつは、上の神社の境内に登った時、そこで売っていた緑や黄色の「串刺し焼きまんじゅう」が、いたく気に入ったようで、「買って欲しい」と言ったのを、私は値段の高さを見て拒否。「もっと別なものにしようね。たぶん、下にもあるよ」と、いいかげんなことを言ってごまかしたわけです。

 そして、下の寺に来たら、売っていない。息子は、「もう一度、石段を登って上で買ってこい!」と主張。
 これには弱りました。とても登れません。
 「だめだ、ほかのものにしようよ」と言っても聞かないばかりか、階段の手すりにしがみついて、抵抗運動に出たのです。「いやだ、ここから離れない、買ってくれ~」と。頑固であります。

 もう日も傾いて帰りたいのですが、そこで10分くらいすったもんだしました。「これは『境界線』の問題だ」と頭をかすめたり、私の不用意な発言を反省したりでしたが、ここで問題が一大騒動に発展し、大きな泣き声の発声訓練の場になるのは、とてもじゃないけどたまらんと思いました。
 結局は、妻が彼に話しかけ、「別な好きなものを買ってあげるから」と言い聞かせました。妥協点を見出した息子は、不承不承同意したというお粗末。

 彼には上に広がる紅葉の見事さより、「団子」のほうが大事だったようです。(父の嘘にもがっかり?)

 ただ自分も、(嘘をつかない)神様の前で、この子どもとほとんど変わらない生き方をしているのだろうなと思います。
 
 帰り道で、歴史を感じる参道の店で売っていた近所の名産、柿、蜜柑に目が止まりました。とても美味しそうでしたが、放射線のことも頭をよぎります。
 横浜、町田の平原を通り過ぎ、行く手に最初にはだかる大山に降り注いだだろう放射線を想像すると、悲しい思いで通り過ぎるをえません。測定して出品しているのでしょうか? 50歳を超えたら関係ないらしいですが、自主判断するしかありません。(足柄のお茶が出荷停止になっていますしね。)

 自然の中で過ごした一日は、とても空気がおいしかったです。

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