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会員約50名の教会の牧師がコーラン焼却で世界を揺るがす?!

 2010-09-10
 9.11の暴挙に抗議して「コーラン」を公開焼却すると明言し、インターネットで同調を呼びかけた米国南部の牧師への波紋が世界に広がり、世界をゆるがせかねない問題となっている。

 なんともばからしい、失礼なことをするものだ。アジアのキリスト者なら(原理主義者であっても)こうした発想はしないのではないか。しかも、昨日のニュースによると会員が50名ほどの、アメリカではごく小さな教会の牧師の行動だというではないか。テレビニュースでは本人の姿も登場していた。

 インターネットの普及もあってか、大小に関係なく、こうした常規を逸した行動、発言に責任を問われる時代になった。

 オバマ大統領も、クリントン国務長官も、バチカンも、「こうした無礼な抗議行動は、対立と暴力を生み出すだけだ」と警告を与えている。
 
 下あげたリンク先の最初は、この教会は福音派に属すると知らせ、福音派とは何かの説明も加えている。私も属する福音派にとって、迷惑な話だ。すぐに撤回して欲しい。

 どうしてこうした発想が出るのか。9.11事件への耐え難い怒り、悲しみは分かるが、こうした行動に踏み切るとはあきれた。

11日に教会がコーラン焼却計画 米政府が中止要請

コーラン焼却 教会「撤回しない」へ世界の反響

中止発表も撤回、「やはり止めない」 延期か
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モーセが率いた民の数にも近い群衆(オバマ氏就任式)

 2009-01-27
 ホットな話題が少し落ち着いてから、いろいろと考えて書くのが私の流儀です。
新大統領就任について、マスコミすべて目を通すわけにもいかず、判断材料も乏しいですが。

言葉の力
 駅の売店で、AERAをふと見たら、表紙にオバマ夫妻の写真が載っていて、タイトルが「言葉の力」とありました。

 彼の演説の中に、日本であまり重視されない「言葉に力」を見て、感銘を受けていましたので買ってみました。「演説」という分野は日本では廃れたと思いますが、アメリカにはまだ本物が残っているのですね。

 この雑誌の記事にもありましたが、就任演説は、確かにこれまでの名調子のオバマ節と違って、落ち着いた堅実な内容で、大衆を興奮させるスローガンは目につかなかったです。記事の中である識者は、「就任演説は、昔からつまらないものが多い。格調を重視するから」と言っていました。

 もう支持をとりつける演説ではなく、厳しい現実を前にして、真摯な内容にしたのでしょう。しかし、その中身は濃く、じっくり読むと感動的な言葉が溢れていました。名演説ですね。

200万人という群衆
 自分にとって、もう一つ興味があったのは、就任式に集まった200万という人数。モーセに率いられて荒野を放浪したイスラエル民族の数に似てるとも言える規模だったからです。
 学問的には諸説があるでしょうし、エジプト脱出時か、最終的にカナンに入植時の数か調べていませんが、百万人以上の流民というのは、正確なんですかね?(定評ある解説書、新版『ESV Study Bible』にはどう出ているだろう?)

 あまりの数に現実的だろうかと思っていましたが、ワシントンDCの広場には、そのくらい集まったのですね。サッカーの人気試合でも、数万人は簡単に集まるし。。。

 しかし、この百万人以上という数がピンとこないです。ネットで調べてみると、広島市116万、福岡市140万、札幌市が189万人とありました。札幌市まるごと以上の人が集まったということです。トイレは? 交通機関は? 宿泊設備は? 迷子は? などど、心配してしまいました(笑)。

演説能力をどうやって磨いたか
 演説の内容では、さまざまな宗教を信じる人について言及するなかで、オバマ大統領が「nonbelievers」と言っていたのを、日本のマスコミは「無神論者」と訳したことが気になりました。無神論者というと、確信的にその信条を選択した人だと思いますが、ノンビリーバーは、単に「信仰を持たない人」「特定の宗教に属さない人」という意味ではないでしょうか。日本人がこれを読んだら、「ああ、やっぱり彼はリベラルな人なんだ」と、自分が期待している政治的理解をするでしょうね。それとも、私の認識が間違っているでしょうか。

 まあ、記事の中には「言葉の力」について私が期待した深遠な解説はありませんでした。ただ、なぜオバマ氏は、あのように言葉巧みかという理由として、ニューヨークタイムスの説を引用していました。それによると、彼の言葉の源泉は、豊富な読書だとか。

 思春期は、アフリカ系作家ジェームズ・ボールドウィン、ラルフ・エリクソンを読み、大学時代は、ニーチェ、アウグスティヌス、シェークスピアなどに親しんだそうです。

「熱心に本を読むうちに、人種、宗教といった複雑な概念についても、何百万もの人々に自分の考えを伝えられるというまれな能力が備わった」と説明しています。また、自分の語る言葉の力に気づいたのは、大学時代。それが『マイ・ドリーム』という著書に書いてあるそうです。

 いくら読書熱心でも、演説能力がつくとは限らないので、彼にはそのような才能があったということなのでしょう。あるいは読書好きには、本人も知らないうちに「演説力」が養われて、眠っているかもしれませんよ~。

 彼の「言葉の力」と、それを成り立たせる彼の人格、品性、真摯さ、誠実さに好感を持ちました。彼の具体的施策のすべて賛同するかは分からないですが、自らの利益のみを追求する圧力団体に屈せず、任務を果たしていだだけることを祈っています。
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傑出したリバイバリストの突然の活動停止

 2008-09-02
 他の宗教団体や信条をとやかく言うことは避けたいが、出版で公にしていることでもあり、自由に感想を抱いたり、ある程度それを書いたりするのは、もちろん許されるだろう。

 前回の記事冒頭で触れたが、『ハーザー』9月号を入手した。この雑誌は近年のキリスト教運動のなかで育ってきたカリスマ派、聖霊派のなかの一つの運動を日本で代表する月刊誌だ。

 9月号は、「レイクランド・リバイバル」と呼ばれる、現在開催中のリバイバル集会の紹介と、その中心人物、伝道者トッド・ベントリーの特集が組まれていた。15ページにわたってかなりな量のレポートが載せられている。

 私は同じキリスト者ではあっても、近年のリバイバル運動にあまり詳しくないので、えらそうなことは言えない。それでも、「えっ?!」とびっくりするような刺激的な内容で、質問がいっぱい心に浮かんででくる。

 雑誌の特集から、ほんの一部だけ紹介しては誤解を招きかねないので、詳しくは該当誌をお読みください。ここでは、容認される程度の引用にとどめます。

(この『ハーザー』誌よりあとに出た、8/31日付けの「リバイバル新聞」の報道によると、中心人物、ベントリー氏は、カナダの法律に従って妻と別離状態にしたいと申請し、9ヶ月の期間を待って変化がなければ、離婚ということになるらしい。そこで彼は役職を退き、すべての活動を中止したという。現在、個人カウンセリングを受けることに専念しているという。)

死者も生き返ったいやしの集会?
 ベントリー氏による集会について5ページにわたってレポートしている坂 達也氏(米国在住 Walk With God Ministries 主管)によると、フロリダ州、レイクランドで開かれているリバイバル集会で、死者の生き返り(!)があったという。

 「集会では実際に相当ないやしが起こっている。すでに二日以上死んでいた26人が生き返ったことが確認されており・・・」

 記事には、その他の目覚ましいことや、ベントリー氏の活動の紹介が続く。

 「録画されたビデオを見たり、携帯電話で話すだけで末期がんがいやされたりもした」

 「ベントリーのミニストリーほど論争と物議をかもしたミニストリーはほかに例をみないと言われる。(略)リバイバルと呼ぶのを差し控え、聖霊のアウトポアリング(溢れ出ること)と呼ぶにとどめている」

 「麻薬中毒者で五度の刑務所入りしたベントリーは、18歳のとき救われた(キリスト信仰をもった)。22歳で劇的なイエスとの出会いがあり、イエスご自身から按手を受けてミニストリーに入った。それ以来10年間で100万人を救いに導いたという」

 私には「イエスから直接按手を受けた」とか、「10年間で100万人を救いに導いたという」という言葉は不可解で理解できない。

乱暴(暴力)は主の願いだろうか?
 「時折、乱暴を振舞う。ある時、彼はいやしを願う病人に突進して体当たりした。けったり、叩いたりすることもあった。事もあろうに、か弱いご婦人の腹をけったり、頭をたたいたりしたのだ。しかし、その瞬間に癒しが起こったのだ」

 これもびっくりするが、このことで一度も訴訟になったことがないと書かれている。

 著者の坂氏は言う。「誤解しないでいただきたい。彼が時に『乱暴を働く』のは、主にそうせよと言われて、それを忠実に大胆に行なったに過ぎないのだ」と。

 「乱暴したのは私ではない(責任はない)、主の指示を忠実に実行しただけだ」と言いたいのだろうか? これも不可解な発言で、私には理解困難。

 そこで、ベントリー氏がそれをためらいつつ行なうと、神はやりなおしをさせるそうだ。「かなり正確に主の声を聞き分け、忠実に実行」する者として、大胆に乱暴を実行するらしい。そして、「いやしがその通りに起こる」のだという。

 私はつい心配してしまう。こうしたことを容認したら、もっと危ない命にかかわることを「主がおっしゃった」「示された」「夢で見た」と忠実に実行する人が出たらどうなるのか? これは、イエス・キリストの教え、なさり方だろうか?

 こうしたことが発展していくと「暴力容認(すでに暴力のレベル)」「先制攻撃容認」「戦争容認」に結びついていかないか?(そうならないよう願う。)

 坂氏は、「(彼に)あいまいなところはほとんどない」「神の忠実な代弁者になり切っている」「見ていていてよくわかるので信頼がもてる」「神が立てられたリバイバリスト」と文中で述べ、キリストが再臨する終末の「最後の大リバイバルの火付け人の一人であることに、私は少しの疑いも持たない」と自らの識別力で断言し、最大の賛辞と支持を表明して文章を結んでいる。

 う~む。個人がどう思うかは自由にしても、疑問は最後まで私のうちに残る。

仏教の偉大な伝道者は喜ぶか?
 今日、電車のホームの壁に張ってあった報道写真に気付いた。浄土真宗の指導者、親鸞の真影(絵 国宝だろうか?)が納められた厨子が50年ぶりに修復されて、金ピカの神殿(厨子と言っているが、こりゃ神殿でしょ?)が完成したという。

 信者たちの尊い寄進でできたのだろうが、質素に生きた親鸞がいま生きていたら、貧困がなくならない世界で、こうして奉られ、神のように飾り立てられるのを見て、喜ぶだろうか?

 ここでも私は、多いに疑問を抱かざるをえない。
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日本のキリスト教会のアメリカへの貢献?

 2008-03-18
 3月2日付けクリスチャン新聞の記事で、興味をひかれたものがありました。本ブログで何回も触れてきた、シーカー・フレンドリィー・チャーチ(始めての人に親切な教会)、リック・ウォレン牧師、経営学者ピター・ドラッカーに同時に触れています。

ウィロークリーク教会は成功した? それとも失敗?
 いわる社説欄に、三谷康人氏による「ウィロークリーク教会を評価した理由」という題の記事がありました。

 そこには、ピター・ドラッカーが16年前に書いた『未来企業』に、新来会者向けの礼拝をしているウィロークリーク教会を、成功例として取り上げている、とあります。

 ウイロークリーク教会は30年前、ビル・ハイベルス牧師が20代のころ開始した教会ですが、アメリカ最大の教会として成長しました。それは、住民(顧客)のニーズにとことん応えようとした結果だというのです。(写真はネクタイ背広姿でないハイベルス牧師)

 まず、
(1)日曜日は親は子供と過ごしたいという要望に応え、水曜日の夜に正規の礼拝の時間を設けた。
(2)説教をテープに録音し、生活のなかで聴けるようにした。
(3)「説教では人生を変えるようにと言われるが、どのように変えるのか教えてもらったことがない」という声に応え、説教の終わりには必ず、具体的な行動の勧めを入れるようにした。

 そして三谷氏は、数年前シカゴに行ったとき、伝統的な様式に忠実に従っている教会は、高齢化、信徒の減少、会堂の売却がすすんでいたと指摘しています。

 そして、こう結びます。「福音は一つ、その伝え方は無限。教会は社会に入っていき、そのニーズに応える方法で真理を伝えることが重要」。

 ここで、ブログ仲間、はちこさんの少し前の記事を思い出しました。つまり、ウィロークリーク教会が反省している、という記事です。
はちことぼぼるの日記「多忙なり」の記事中、半ばを過ぎて言及

 論旨は、「ウィロークリークのこれまでのやり方では、教会員がどんどん枯渇しており、霊的成長を経験していないことがわかった」というもの。信徒の霊的成長を助けることをしていかないと、人が多く来ても不十分だったということです。日本と違って、30年間もたったがゆえに迎えた段階かも知れませんが、「私たちの教会は欠けがあった」と宣言。(部分的にということでしょう。)

 ですから、懸命にニーズに応えるだけで終わるのでなく、信徒の成長、霊的充実の世話をすることが必要だということですね。日本はまだまだウィロークリークの初期段階にも達していないですが(もちろん真似しなくてもいいですが)、「他山の石とすべし」。

目的主導の教会」の発想は日本で生まれた?
 同じ紙面にあったのですが、「日本の土壌にうまく融合」として、長崎のバプテスト派のあるキリスト教会が紹介されていました。かつて若きリック・ウォーレンさん(『健康な教会のかぎ』『五つの目的』の著者)が宣教師として奉仕していた教会です。創立105年だそうです。そこでは、目的主導の教会として10年くらい前から働きを開始しているそうです。

 その教会はなんと、「五つの目的」ではなく、「七つの目的」をもって活動しているそうな。五つの目的、すなわち「礼拝」「教育(弟子訓練)」「伝道(使命)」「奉仕」「交わり」に、「祈り」「休息」をプラス。そして、それらのバランスに気をつけているそうです。

 興味が引かれます。最後の二つ、「祈り」「休息」をどうやって実践しているのでしょうね。「祈り」は「礼拝」の項目に入るかと思ったら、別に項目を立てているのですね。

 リックさんの著書『五つの目的』では、この五つを、「礼拝」「神の家族(教会、共同体の形成)」「キリストに似る(弟子訓練)」「神に仕える(奉仕)」「使命(伝道)」と並べています。長崎の教会とちょっと違います。長崎では、サドルバック教会の用語は一切使っていないが、内容を実践しようとしているそうです。

 そして驚いたことに、『パーパス・ドリブン・チャーチ(邦題:健康な教会へのかぎ)』の生まれたきっかけが、日本の教会にもあったといいます。

 現在の主任牧師、友納氏はこう言います。「リック・ウォレンは、(日本の)古い歴史と体質を持つ教会を目の当たりにして、日本の教会が抱えている伝道の難しさに直面したんです。『パーパス・ドリブン・チャーチ』はある意味で、日本教会のために書かれた本であるともいえます」。

 これも驚きました。日本の教会の古い体質を体験したことで、今、アメリカでもっとも有名な教会が生まれるきっかけの一つになったというのですから! (日本の教会も多様なので、全部が古いわけではありません。)


 一方で、日本の教会の指導者がアメリカで最大の教会に学ぼうと発言しているのに、当のその教会の指導者が、過去30年を振り返って不十分だったことを反省している。
 もう一方では、日本の古い体質の壁を痛感した若き宣教師が、それを反面教師とし自国に帰り、いまやアメリカの教会にもっとも大きな影響を与えているメガ教会を創設してている・・。

 ふーむ、複雑な思いを抱きます。


(何度もブログのデザインを変えてすみません。いいのがなくて・・)
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伝道師のゴア氏?

 2007-10-17
 前の米国副大統領ゴア氏が、先週、環境問題に警鐘をならす世界的な働きでノーベル平和賞を受けたのはご存知でしょう。
 私としては、へえ!? と驚きましたが、おもしろかったのは、それを報じる朝日新聞に、「伝道師」「伝道」というキリスト教用語が使われたことです。

 「洗礼」「三位一体」「福音」とかのキリスト教用語が一般に使われるのはもう珍しくないですが、これまで「伝道師」という用語は、テレビのバラエティ番組などで、おもしろおかしく使われていた程度。あと「テレビ伝道師」・・。
 ここにきて、こうまで肯定的に、しかもノーベル平和賞受賞者に使われ、しかも大きな活字で登場したのは、大変珍しいと思いました。

 英語圏でも「エヴァンジェリスト」という言葉が、このような場合に使われるのしょうか。それを報じる英文を訳して新聞が用いたのかもしれません。
 これでこの用語は、日本で一般用語として市民権を得るかも知れませんね。

 さて、私たちキリスト者にとって大変重大な意味をもった用語「受肉」が、日本で市民権を得るのは、これからどれくらいかかるでしょう。
 まあ、相当困難でしょうね。げんに、パソコンの日本語変換に出てきませんもの。(汗)

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