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ブラジルW杯四強の国歌はどうなっている?

 2014-07-14
 勝ち残ったチームは、みんな守備を固め、カウンターねらいという実質を選んだようだ。つまり、四年前の南アフリカW杯で、日本代表が直前に変更した戦略と同じだ。
「それはいやだ、以前より強くなったし、世界と伍して行くには、自分たちの攻撃的サッカーをしたい」という日本のチームは、実力でまさる世界のチームを相手に果敢に積極策で臨んだ。悲しいことに、ほとんど機能しなかった。

 さて、優勝した国から第四位までの国の国歌はどうなっているか調べてみた。

優勝国ドイツ国歌

 団結と 正義と 自由を
 父なる国 ドイツへ
 ・・・
 ・・・
 心ひとつに手をとりあい
 ・・・・・
 幸福の輝きの元 栄えあれ
 栄えよ ドイツ 父なる国


 始めてドイツ国歌としてこの曲が制定されたのは1922年。ナチスドイツ以前だ。その後、ナチス時代も歌われた。そのとき、歌詞は三番まで歌われたらしい。統一ドイツになった20年前、試行錯誤ののち、やはりこの国歌に落ち着いたという。
 原曲は200年以上も前にハイドンが作曲。元は、神聖ローマ帝国フランツ2世のために献呈したもので、皇帝を称える歌だった。そして、オーストリア帝国の国歌として歌い継がれてきた。つまり元、オーストリア国家。(ちなみにいまのオーストリア国家は、モーツアルト作曲らしい。)
 現在の歌詞は作曲された50年後に、分裂していたドイツ(オーストリア?)の統一を願って大学教授が書いたもの。
 歌詞は全部で三番あるが、戦後は、イタリア、デンマーク、オランダなどの一部の地域も我らのものという意味の歌詞「世界に冠たるドイツ」の部分はカット。
 二番は「ドイツ女性、ドイツワイン」などと歌うので、冒頭に歌うのはどうかということで省略になったのだろう。結果、上に掲載した三番のみが歌われる。

 決勝戦は知らないが、移民の子孫であるレギュラー選手三人(エジル-トルコ系三世、ボアテング-父ガーナ人、ケディラ−父チュニジア人)は、以前見たときは歌っていなかった。(この動画も最後のほうに出てくる三人は歌っていないね。)
移民の子孫と言えば、36歳のフォワードで点取り屋のクローゼ(W杯に複数回出場)もポーランド系、ポドルフスキも、名前から明らかに東欧系の子孫。かつての名選手ベッケンバウワーの時代のドイツとかなりスタイルが変わった。

 ちなみに国旗の三色は1813年、ナポレオンと戦ったプロイセンの義勇軍の軍服の色。黒はマント、赤は肩章、金はボタンだそうだ。現在は、それぞれ象徴的な意味で「勤勉、熱血、栄誉」を意味しているとか。


準優勝国アルゼンチン

 これは革命歌と言えるもので、はやり軍歌ですね。原題は「愛国行進曲」

 聞け、人びとよ 聖なる叫びを
 自由 自由 自由
 聞け 鎖が砕け散る 音を
 見よ 気高き平等が 玉座にあるを
 ・・・・
 ・・・・
 偉大なるアルゼンチンの民に 乾杯
 ・・・
 ・・・
 栄光を戴いて 生きん
 さもなくば 誓わん
 名誉ある死を


  南米の国歌は長いものが多く、もっとも長いのがアルゼンチンだそうだ。
 あまりに長いので前奏だけで終わることもある。かなり長く、複雑な前奏(1分10秒)で、観客は「オー、オー」と合わせるとか。W杯では、前奏が終わるとすぐコーラス部分に入って終わる。
 そのコーラスは三回繰り返され、意味は

 「さもなくば誓わん 名誉ある死を」

  だそうだ。観客はこの部分を弾むようなリズムに合わせ熱唱するという。
 すごい歌詞だ。老人も子どもも大声でこの部分を歌う国を、何と表現したらいいだろうか。
 やはり、歴史がなせるわざなのだろう。

 1810年、スペインがフランスのナポレオン軍によって侵略される。自分たちがフランスの属国になってしまったことに憤激したアルゼンチン人が、占領していたスペイン軍に対して武装蜂起。そして勝利。国歌は革命の最中に決められたそうだ。

 ちなみにメッシはあまり歌わないとか。それに対し「愛国心がない」と批判する記事が新聞に載ったらしい。彼は病気治療のため、子どもの時にスペインに移住したので覚えていないのでは?という声もあるらしい。
 しかし、メッシは、「歌うまいが自分はアルゼンチン人だ」と主張している。国歌を歌う人も、歌わない人もいていいのだ。

3位オランダ国歌

 ナッソ伯 ヴィレム
 ドイツの由緒ある 家系の末裔
 我はこの地に 永遠の誓いを捧げる
 我はオラニエ家の 勇気ある王子
 スペイン国王に 変わらぬ忠誠を誓ってきた


 え? ドイツ? スペインに忠誠? オランダの国歌になぜ他国の名前が出てくるのか不思議だ。しかし歴史を見るとわかる。曲調は、スローテンポで格調高く、おごそか。他の国の活発な軍歌風とは異なる独特の複雑なメロディ。雰囲気はまるで賛美歌だ。

 16世紀後半に活躍したオランダ建国の父はヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ(オラニエ公ヴィレム)だ。
 そして、歌詞は15番まであり、スペインの悪行への抵抗を神に誓い、建国を神に懇願する内容になっている。ということは、祈りの歌と言えそうだ。歌詞の「我は」(一人称)とは、オラニエ公が語ったという意味なのだろう。あまりに長いので、最初の1番だけが行事で歌われる。
 世界最古の国歌と言われ、オラニエ公の存命中にすでに歌われていた。

 16世紀当時、オランダはスペインのハプルブルグ家に支配されていた。スペイン王は狂信的なカトリック教徒で、オランダで数が増えてきたプロテスタント教徒に情け容赦ない弾圧を加えた。
 あまりにひどいので、当時スペイン宮廷に仕えていたドイツ人、しかもカトリックだったオラニエ公とその一派が、オランダ独立のために武装蜂起。オランダ地域に攻め込む。戦いは簡単でなく、オラニエ公は途中で暗殺される。そして、80年(!)の戦いを経てスペインから独立した。
 
 ちなみにオラニエとは、英語でオレンジのこと。オランダ代表のユニフォームのオレンジ色はここからきている。国旗の「赤、白、青」は、元はオラニエ公の紋章「オレンジ、白、青」。17世紀にオレンジの代わりに「赤」に変わったそうだ。
 オランダ語がドイツ語に似ているのは、そういう歴史も関係あるのかもしれない。

 ちなみに現国王の妃はアルゼンチン出身だそうだ。二人は熱烈サッカーファンでもあるので、オランダ対アルゼンチンになってしまったら大変ですね。笑)

4位ブラジル国歌(前のブログで掲載)


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(2013/05/22)
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