紙上対談:N・T・ライト著『シンプリー・ジーザス』の訳者に聞く

 2017-06-27
 (2分30秒からセントアンドリュースの街を海岸から見ることができます。ゴルフ場?も少し)

ゲスト:山口希生(訳者)
インタビュー:小渕春夫(担当編集者)


発行後三ヶ月が経って

——『シンプリー・ジーザス』の発売後、三ヶ月たちました。翻訳お疲れ様でした。出版の経緯は「訳者あとがき」に書いてありますが、いまのお気持ちはいかがですか?

山口:読んでくださった方々から直接声を伺うのがいちばんうれしいです。特に今回は、私が伝道師をしている中野教会のたくさんの方々が読んでくださり、教会内で小さな読書会も開かれています。他の教会でも読書会を立ち上げたというお話しも聞きました。生の感想を聞けるのは本当に感謝なことです。

——本を通して、よい対話が生まれて聖書理解が深まるといいですね。さて、読み終わった人はかなりいると思います。いままで耳にした範囲での反響はどうでしょう。

山口:そうですね、読みやすいと思って読み進めると、だんだん難しくなっていった、という感想が多かったように思います。たしかに本書は後半になればなるほど中身が濃くなっていく本ですからね。キリスト教世界観について、これまで抱いてきたものが「ひっくりかえされた」「ショックを受けた」という方もおられました。

——ほう、そうですか。私もいろんな意味で従来の考え方の再検討を迫られるものがありましたし、創世記から黙示録に至る広がりのある理解につながるのが魅力的です。  
 期せずして同じ著者による『使徒パウロは何を語ったのか』(岩上敬人訳)が他社から同時発売になりました。「クリスチャン新聞」に訳者同士で互いの書評を書くという珍しいことも起こりました。両方とも一般読者向けに書いたとライト氏は言っていますが、なかなかそうは簡単とは言い切れないと思います。

山口:そうですね、岩上先生の訳された『使徒パウロは何を語ったのか』は学術書というべき内容を備えています。パウロ神学の研究は、新約聖書学の中でも最も盛んに議論されている分野ですので、同書を深く味わうには、その背景についてガイドというか、説明をしてくださる方がおられると良いと思います。勉強会や読書会を開いて読むのがよいのではないでしょうか。

——一般の読者が本書全体から読者は何を読みとって欲しいですか?

山口:キリスト教についてあまり詳しくないという方には、簡単でもシンプルでもない本だと思います。むしろ、学生時代にキリスト教系の学校に通って、授業などでキリスト教に初めて触れたけれども疑問がたくさん残ったというような方々には面白いかもしれないですね。

——しばらく前、関西で行われた神学会に山口さんが招かれ、神学生や関心の高い教会関係者が集まり、講演をなさいました。熱心な質疑応答もなされたようです。そのときのみなさんのライトへの関心、反応はいかがでしたか?

山口:ライト先生の話はまったくしませんでした(笑)。月刊誌「舟の右側」(2017年6月号)に概要が乗りましたが、新約聖書を理解する背景となるユダヤ黙示思想の視点から、パウロの書簡にある罪の支配や贖罪理解について話させてもらいました。


本書の構成と主張

——タイトルの『シンプリー・ジーザス』は、決めるの何度も私とやり合いましたね(笑)。これで行こうという確信は山口さんは強く持たれたようです。

山口:「シンプリー」という言葉は日本語にぴったりとくる訳語がありません。以前イギリスに「シンプリー・レッド」というバンドがありましたが、「シンプリー」という語感はイギリス人だけでなく、日本の若い方にも抵抗のないものだと思います。若い方々にも読んでほしいという願いも込めて、そのままのタイトルにしました。

——ライトは本書の構成として、三つの時代思想が吹き荒れるという舞台設定をして、それを「パーフェクト・ストーム」と名付けました。そのただ中に登場したのが、待望のメシア、イエスであるという、非常に巧みな手法で書いています。さすがシェイクスピアやC・S・ルイスを生み出した国の人ですね。そのときの迫真のドラマが今日によみがえる感じがします。こうした文学的手法は彼の特徴の一つでしょうか?

山口:ライト先生の本にはよく「ロード・オブ・ザ・リングス」の引用なんかも出てきます。そういう「ポップ」な感じを大切にしているのではないですか。また、文学だけでなく、ベートーヴェン等の音楽家もよく登場します。やはり彼は英国の偉大なる教養人の一人ですね。

——20世紀が生んだ神学者への鋭い反論が要所要素に含まれているらしいですが、分かる人には面白いでしょうね。尊敬しつつ、批判すべきところは批判しています。

山口:そうですね、特にアルベルト・シュヴァイツァーを意識しているのではないでしょうか。シュヴァイツァーは一流の聖書学者ですが、学界だけでなく一般のキリスト教界にも大変な影響を及ぼしました。その影響力の広がりと言う意味では、ライトは当時のシュヴァイツァーに匹敵する存在だと思います。

——今後の日本のキリスト教会が、ライトを含め世界の神学の潮流を学ぶ上で、どんな点に気をつけるべきか、どんな態度が必要になってくると思いますか?

山口:ライトはあくまで聖書学者です。聖書が何を語っているのか、それを探求し、広い世界に向かって伝えることが自分の使命だと考えていると思います。ですから、「ライトの神学」とか、だれだれの神学ということではなく、聖書が語っていることを理解するための一つの助けとして読まれるとよいと思います。


セントアンドリュース大学のこと

——ライト先生のもとで山口さんが学ばれたセントアンドリユース大学がある場所は、有名なゴルフ大会があるということしか私は知りません。数年すごされたそうですが、どんな街でしょう。エディンバラより北で寒そうですね。

山口:セントアンドリュースは本当に天国のような場所です、天気を除いて(笑)
セントアンドリュースは、スコットランドの宗教的な聖地でした。かつては大主教座がありましたが、宗教改革で大聖堂は破壊され、今は廃虚となっています。ですからスコットランドの宗教改革の中心地ともなりました。また、1413年にスコットランド初の大学が創立されて以来、学問の中心地でもありました。さらにはゴルフ発祥の地であり、ゴルフの聖地とも呼ばれています。小さな街ですが、古い町並みが保存され、夜など中世に迷い込んだような気分になります。「炎のランナー」で有名になったビーチも素晴らしいです。

——おお、あの冒頭の海岸を走るシーンはセントアンドリュースの海岸ですか! 私の好き映画です。さて、英国の新聞「ガーディアン」の最近の評価によると、神学部の質はでイギリスでトップのようです。神学部生の人数はどの程度で、外国人留学学生も多いのでしょうか?

山口:大学の神学部、セントメアリーズ・カレッジは英国の神学部ランキングではどの新聞でも常にトップ3に入っています。ライトだけではなく、有名な教授を何名も抱えていますからね。ちなみにイギリスでは神学部は尊重されています。私が渡英した2008年では、オックスフォード大学の入学生のAレベルのスコアでは(日本でいうセンター試験のようなもの)、法学部より神学部の方が上でした。日本では考えられませんが。大学全体では留学生が4割近く、非常に国際的です。ただ、神学部の博士課程の学生はアメリカ出身者が多過ぎて、それが問題になっています。

——ライトさんは、どのような人柄ですか?

山口:おおらかで、優しいですね。面倒見がとてもよく、信仰者としても心から尊敬できる方です。

——神学以外に、ライトさんから何か学んだことはありました。

山口:ライティングはコミュニケーションだ、ということを叩きこまれました。とにかく人が理解できるような文章を書こうと。これは学術論文だけではなく、説教や翻訳など、あらゆる面で役に立っています。

——そうですか。それはライトさんが日頃、心がけていることでもあるのでしょうね。
 さて、6月から月一回、山口さんを迎えて『シンプリー・ジーザス』の読書会も始まりました。参加者もとても楽しみにしています。
 今日はお忙しいなか、お時間をとってくださり大変ありがとうございました。


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カテゴリ :N.T.ライトの神学思想 トラックバック(-) コメント(0)
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