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『シンプリー・ジーザス(SJ)』第4章資料集

 2017-08-16
今回から本格的な内容に入っていきます。

第4章 紀元一世紀の嵐を引き起こすもの

本章の4ページ目をくくると、ローマ皇帝の名前が出てきます。これが日本人の我々には困るのですよね。似たような名前がよくあるので。
そして、イエスが生まれたときの皇帝と地方の王、大人になって活動したときの皇帝や地方の王の人物は、名前がよく似ていても、異なる人物です。

たとえば、イエスが生まれたとき、二歳以下の子どもを虐殺したヘロデ王と、イエスが活動したときのヘロデ王は親子関係にあり、人物が異なります。また、イエスが生まれたときのローマ皇帝と、イエスが活躍したときの皇帝は、親子関係にあるものの、人物は異なります。

ローマ帝国という嵐 

P.62 9行目 ユリウス・カエサル(紀元前100年--44年暗殺される)

「ガーイウス・ユーリウス・カエサル」が、当時のラテン語の発音に最も近いそうです。シェイクスピアの戯曲で知られる「ジュリアス・シーザー」(Julius Caesar)です。「ガイウス・ユリウス・カエサル」は慣用的表記。このうちの「ユリウス・カエサル」を本書では使っています。彼の姿は少し言及されるだけで、すぐ次の皇帝に移ります。

オクタウィアヌス(在位紀元前27年 –紀元14年)初代ローマ皇帝

Statue-Augustus.jpg 
ユリウス・カエサルが暗殺されたあと、養子の「ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス・アウグストゥス」が内乱を勝ち抜き、紀元前27年に、初代皇帝になりました。
彼が地中海世界を統一して帝政を創始し、「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)を実現しました。現在の英語の「8月」Augustの語源になっている人物であります。人口調査を命じ、イエスが住民登録でベツレヘムへ移動し、誕生したときの皇帝ということになります。彼は死後、神格化されていきます。
この「オクタビアヌス」は「カエサル」という名前とともに、王の称号となり、次代に引き継がれます。

このオクタビアヌス・アウグストゥスは、紀元14年老年のため亡くなります。死後、神格化されて、後継者である次のティベリウスが登場。いよいよイエスの時代の皇帝です。

ティベリウス・ユリウス・カエサル(二代目ローマ皇帝。在位紀元14年- 37年)

Tiberius_NyCarlsberg01.jpg 
アウグストゥスの養子が帝位につきます。イエスが刑死したときのローマ皇帝でした。でも、イエスの刑死後、何年もたたずに亡くなっています。暗殺説もありますが自然死ということです。

P.64 後半 コイン(硬貨)

20161027_e5f0c1.jpg 

ライトは、以下のようにコインの実物を手に取って、イエスの登場をドラマチックに描いています。

〈私の机の上には、ティベリウス統治時代の硬貨が置いてある。コインの表にはティベリウスが描かれていて、その周りに彼の略称が以下のように書かれている。AUGUSTUS TI CAESAR DIVI AUG F それを完全な形に直せば、AUGUSTUS TIBERIUS CAESAR DIVI AUGUSTI FILIUS つまり「アウグストゥス・ティベリウス・カエサル、神なるアウグストゥスの子」という意味だ。裏面には祭司の装いをしたティベリウスが描かれており、PONTIFEX MAXIMUS〔大祭司〕というタイトルが記されている。
そのコインは、イエスがロバに乗ってエルサレムに入場してから数日後、人々がナザレのイエスに見せたもので〔マタイ22・17〜22〕、彼らはイエスにカエサルに税を納めるべきかと尋ねたのだった。誰が「神の子」なのか? 誰が「大祭司」なのか? イエスは嵐の目の中にいた。〉

以下は、コイン商のサイトに移動します。イエスが見たものが金貨かどうかわかりませんが、まさにこのデザインが使われたことでしょう。

www.parisii.jp/product/916(リンク先ではコインの裏側も見れます)

古代ローマコイン 帝政期 ティべリウス アウレウス金貨
オモテ:TI CAESAR DIVI AVG F AVGVSTVS
(ティベリウス カエサル 神となったアウグストゥスの息子アウグストゥス)
ウラ:PONTIF MAXIM 
 (ポンティフェクス・マキシムス(大祭司)右手には笏、左手にはオリーブの枝
ティベリウスの容姿
「ティベリウスは堂々とたくましい体格の持ち主で背丈も人並み以上であった。肩幅は広く、胸板も厚かった。彼は歩くときは首を前に傾けたまま動かさず、常にきびしい表情をしていた。無口な人物で、友人たちと打ち解けて話すことはほとんどなかった。」スエトニウス著『ローマ皇帝伝』


ユダヤの嵐

P66 最終行
〈現代人にとって、自分が遠大なストーリーの中を生きるとはどういうものか、最も分かりやすい例を挙げるなら、それは近代の西洋世界の勃興以来、「進歩」のストーリーの中を私たちが生きている、という感覚だろう。それを英国で言えば、いわゆるホイッグ党〔一七世紀後半に国王の即位に反対した政治勢力〕によって特筆大書された歴史観である。つまり歴史とは、漸進的な進歩の流れという名のストーリーであり……。〉

ホイッグ党とは何でしょう? イギリスや西洋史を詳しく知らない人はよくわかりません(私も)。
以下のWikipediaを参照ください。

P.67 ホイッグ党・ホイッグ史観
イギリスで醸成された進歩史観の源泉となるような社会思想で、明治時代、日本にも影響を与えているらしいです。日本人のイギリスに対するイメージはこれらの価値観で色づけられている模様です。

 ホイッグ史観とは(クリックどうぞ)

Wikipediaより引用
「福沢諭吉・竹越与三郎(歴史学者、政治家)ら多くの知識人によって紹介されたイギリスは、ホイッグ史観にもとづく肯定的・楽天的イメージが伴うものだった。こうしたイギリス理解は、日本人の中のイギリスの印象をほぼ決定づけ、さらに自由民権運動の思想的・理論的下地を提供する役割もはたした。


P.70-74「出エジプト」「新・出エジプト」

出エジプトの決定的な歴史的重要性を理解することは、イスラエル民族と旧約の聖書理解にとってきわめて中心的なことで、イエスの登場とその背景とも深く結びついています。出エジプトをそんなに重要に扱って見るのは、私もライトの書物を読んで初めて意識するようになりました。



〈出エジプトを理解すれば、ユダヤ教について多くのことが分かるようになる。そしてイエスのことも。イエスは過越祭という出エジプトを祝う偉大な民族の祭りの日を選び、決定的な行動に出た。〉(P.70)

〈多くのユダヤ人たちがバビロンから連れ戻され、紀元前六世紀の終わりころには神殿さえ再建していたが、待ちこがれていた本物の「新しい出エジプト」は、まだ実現していないという強い思いを抱いていた。〉(P.73)


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