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N.T.ライトが呼び起こす波紋(2-1)「死後の命はあるのか?」(abcニュース)

 2012-06-25
 米国 abcのTV番組でのインタビュー「N.T.ライトの天国観:死後の命はあるのか?」

 上の動画は、前ブログ記事のコメントで、はちこさんが教えてくれたもので、米国の主要テレビ局 abc で、2008年に全米に放送された「abcNEWS」という番組。

 同年に出版され、英語圏で話題を呼んだ「Surprised by Hope:Rethinking Heaven, the Resurrection, and the Mission of the Church」の内容を扱っています(C.S.ルイスの自伝「Surprised by Joy」を意識しているのは明白)。
 日本で言えば、テレビ朝日の「報道ステーション」、NHKの「ニュースウオッチ9」あたりの有名番組でしょうか。

 以下は、前の記事と重なるところがありますが、自分なりの理解をざっくり、順不同で自分の言葉でまとめたものです。正確な発言、用語の使用は、インタビューの全文(英文)でご確認ください。バタバタとまとめているので、間違いがあったら教えてください。


Surprised by HopeSurprised by Hope
N. T. Wright

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現代人と死後の世界
 9.11と言われる、ニューヨークの高層ビル爆破事件以来、現代人は、これまで避けてきた「生と死の問題」に否応なく直面することになり、死後の世界はあるかどうかが、多くの人々にとって重要になってきたとN.T.ライト(以下、ライト)は指摘します。
 たしかに、アフガニスタンでの戦争、世界規模の災害、日本での東日本大震災、原発の放射線飛散、大地震の可能性が予想されている中、理不尽な死は、私たちの目の前に突きつけられています。

 キリスト者の間でも、この問題の理解については何百年も混乱状態にあると言います。その代表的なものは、「死後、地上から離れた天国で永遠に過ごす」というものでしょう。


「レフトビハインド・シリーズ」が示す終末論
 そして、近年普及している天国理解は(おもに米国いおいて)、果たして聖書が示しているものだろうかと、ライトは疑問を呈しています。

 米国で爆発的に売れた「レフトビハンド・シリーズ」(邦訳有り)の本、DVDの普及ぶりから、いまや米国のかなりのキリスト者は、そのシリーズが提示している死生観に影響を受けた見方で世界と歴史を考えているのではと危惧しています。

 それは、「聖書からくるというより神話(Myth)である」と断言します。
(この場でのMythの定義にもよりますが、こんな大胆なことを言っていいのでしょうか? 反対者を作ることになるでしょうに~。)

 これは米国系のかなりの福音派教会が影響を受けている黙示的な終末観で、世界が最後を迎えるとき、

 1)キリストを信じている者は空中に引き上げられ天国に入る「携挙(けいきょ、ラプチャー)」。
 2)その後、地上では破滅的な世界最終戦争が起こり、火の海となり、地球は最後の日を迎える。
というもの。

 一方、こうした福音派と対局をなすリベラル派と言われる教会は、死後の世界についての教えが曖昧で、はっきりしていないと言います。たぶんそれは、聖書の記述を理性や知性で理解可能なことを中心に捉えるためでしょうか?

 一般の人々は、死後についてのイメージを、聖書からかけ離れた話を作り上げ、自らの慰めにしていると言います。たとえ教会で、「死は恐れることはない、この世と異なるとなりの部屋に移動するだけ」というような慰めの話を聞いても、内心「それはウソだ」と思っていると言います。人々にとって、すべてを無に帰すると思われる死ほど、恐ろしいものはありません。


ライトの提示する世界観
 ライトの提示する世界観、死生観は、「レフトビハインド・シリーズ」が描くようなものとは真逆です。彼が言うには、このシリーズは、聖書全体からすれば、ほんの小さな部分を、あまりに拡大解釈して、あたかも本当であるかのように、文学的に壮大に描いている、とします。

 では、彼の主張は何だというのでしょうか。

 ライトは、西洋の教会が何百年も描き教えてきた天国観は「終着点」ではないと言います。すなわち、イエスを信じる者は、死後、いつか、肉体が復活する時がきて、新しく再生されたこの地上に戻ってくるのだ、と言います。それは確かに聖書に書かれていることです。

 これまで永遠に過ごすと捉えられてきた「天国(パラダイス)」は、一時的な場所であるのです。新約聖書が強調し、もっと重要なことしていることは、「死後の生活の後にくる生活」である、と言います。
 彼はこれを、「life after life after death」と言っています。意表をつく表現です。

 そして、その生活、肉体をもった復活による生活は、「その生活に比べれば、今の地上での生活は影のようなもの」と、C.S.ルイスを連想する表現で言い表します。つまり、復活後の生活は、私たちがキリストにあって生き、聖霊が内に住んでいるならば、とても現実感の伴う、はるかに実体のある、輝かしい、リアルな生活であるということです。

(2-2)に続く
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カテゴリ :N.T.ライトの神学思想 トラックバック(-) コメント(2)
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コメント
オブさん、意欲的にこのテーマを取り上げてくださり、感謝です。短絡的に見るとライトは死後の世界を否定しているように思われてしまうのですが、そうではなくて、彼が強調しているのは、オブさんも上げているように「死後のいのちの後のいのち」life after life after deathです。キリストの来臨とともに私たちもからだを持ってよみがえる世界です。それは賛美歌90番の「ここもかみの みくになれば」の3節の終わり、「あめつち遂には、一つとならん」と歌われている世界です。翻訳を取り組んでいるライトのSimply Christianの最後の章でもう一度強調されています。
【2012/06/26 07:27】 | ウエヌマ #- | [edit]
ウエヌマさん、
そうですね。彼は否定しているのなく、より大きなパラダイムの中のあり方に光を当てているのですよね。
讃美歌90番の3節には気づいていませんでした。
そうですか、そういう歌詞があるのですか! すごい。

abcの番組のタイトルも、本ブログ記事のタイトルも、一般向けの興味を引かせる表現(商業的?)を使っていますが、ライトの言いたいことは、イエスの復活と現在の存在、私たちのパラダイスでの生活、その後の復活してからの地上での生活について、改めて、新しい位置づけを与え、私たちに力と希望を与えているのでしょう。

なかには、「これまでと同じなのに、どこが違うの?」と思う人もいるでしょう。これまで慣れ親しんでいた交響曲の演奏が、指揮者が変わるとがらっと変わって聞こえてくることがあるように、全体の構成と、強調のされ方が異なるのでしょうね。
私たち一般の者には、同じように聞こえる(違いが分からない)こともあるので、解説が必要な面が多々あります。
【2012/06/26 08:22】 | クレオパ #jSt4TPmo | [edit]












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